昨年から今年にかけて、書店関連本に興味深い内容のものが続けて出てきています。これまでも、『ABC青山ブックセンターの再生』、『希望の書店論』、『書店ほどたのしい商売はない』などを取り上げましたが、きちんと読んで紹介するのが追いつかないぐらいです。ほかに、ちょうど休筆期間中に読んだ本で、紹介の機会を逸していたのがありますので、あらためて取り上げます。
- 高倉美恵『書店員タカクラの、本と本屋の日々。…ときどき育児』(書肆侃侃房)
福岡でかれこれ20年以上書店員をされているタカクラさんが、新聞などに発表したコラムをまとめたもの。まえがきに、《私が店頭で出会った本や出来事が、みっちり詰まっているので、本と本屋さんという空間が大好きな人に、ぜひ読んでいただきたい》とあるのですが、まさに「本と本屋さんという空間が大好きな人」にぴったりな中身の1冊になっています。
新聞などのコラムが多いせいか1つ1つの文章が短く、テーマも、おかたい書店論(そういうのはそういうので、ぼくは好きなんですが)的なものではなく、本屋と本にまつわる日常的なことが多く取り上げられていますので、どこからでも気軽に読めそうです。
ただ、気軽に読めるといっても、中身がうすいわけではありません。長く本を見てきた書店員ならではの観察に支えられた文章が、そこここちりばめられていて、うならされます。ぼくは本に線が引けないので、付箋をぺたぺた貼りながら読むのですが、あっという間に付箋だらけ。今も、付箋箇所を拾い読みしながら、この文章を書いているのですが、やっぱりおもしろい。『希望の書店論』のときのように、気になる箇所を列記してもいいのだけれど、この本は、1つの文章が短いし、キャッチーな小見出しがついているので、店頭で手にされれば、いくつもおもしろそうな箇所にぶつかることでしょう。ですので、ぜひ実際に店頭でぱらぱらやってみていただきたいと思います。
ところで、本屋さんを舞台に軽いノリの文章を書こうと思ったら、まず思い浮かびそうなのが、お客さんネタ。こんな客がいたんだよ、という話をおもしろおかしく書く、つまり「お客さんをいじる」のは、店頭で毎日にいろんな人に接している書店員にとってはお手の物でしょうし、それなりにおもしろい内容にもなるでしょう。でも、タカクラさんはあえて、「お客さんの悪口を書かない」を、自分が新聞のコラムや自らのサイトで文章を書く際に最初に決めたそうです。これ、よくわかります。だって、飲み会でも、ダメな同僚や上司の話はいくらでも出てくるし、それなりに盛り上がりもしますよね。でも、それだけなんですよね。広がりも発展もないし、後味も悪い。簡単に書けそうなダメなお客さんのダメぶり、マナーの悪さなどをあげつらうことを一切せずとも、本と本屋について、これだけいろんな話がおもしろく書けるのです。それが書き手の力であり、センスなんでしょうね。
この本はふつうの本好きのみなさんにもおすすめしたいのですが、やはり書店員、それも、とくに若い書店員にぜひ読んでほしいなあと思います。というのも、副題にもあるとおり、書店のいろいろだけでなく、書店員の育児の様子がイラスト入りで楽しく紹介されているからです。書店は、女性の比率の高い職場に見えますが、育児をしながら仕事を続けられる方がどれぐらいいるのかなあ、というのは常々個人的に気になっていたのです。書店は、アルバイトの方が多いせいか、店頭の平均年齢が大変低く見えるので、よけいそんなふうに感じるのかもしれません。
まあ、そういう労働問題的なかたい話抜きにしても、この部分はとてもおもしろく読めます。女性書店員の本としては、ジュンク堂書店の田口久美子さんの本がありますが、育児を含めた女性書店員の働く様子がこれほどビビッドに描かれた本はこれまでなかったように思います。その意味でも、とても貴重な1冊です。
ちなみに、育児ネタには、ご本人の手になる、うまい、というのとはちょっと違うけど、味のあるイラストが添えられていて、これが中身にぴったりでgoodです。どのエピソードもいいですが、102ページとか139ページのイラストには大笑いしてしまいました。店頭で見てみてください。きっと買いたくなると思います。
というわけで、この本、「本と本屋さんという空間が大好きな人」に、空犬通信からも強くおすすめしたいと思います。この本が気に入った方は、同じノリの文章が読めるタカクラさんのブログ、「本屋タカクラの日記」もぜひどうぞ。