先日、山尾悠子さんのエッセイ集、『迷宮遊覧飛行』(国書刊行会)を紹介する記事を書きましたが、同書には、以下の2文が収録されています。
- 「同志社大学クラーク記念館に纏わる個人的覚え書き 高柳誠」
- 「同志社クラーク記念館の昔 泉鏡花」
山尾悠子読者ならご存じかと思いますが、山尾悠子さんは同志社大学の出。今出川キャンパスにあるクラーク記念館内の教室に、在学当時は通われたとのことで(といっても、四回生の一時期のようですが)、前掲のエッセイ集に収録の前掲二編中で、思い出の場所として語られています。
先日、たまたま(本当に偶然に)京都に、それも同志社大学に行く用事があったのです。これは、山尾悠子読者としては、しかも『迷宮遊覧飛行』を読んだばかりの読者としては、クラーク記念館を見てこい、と言われたようなものではないのですか。
というわけで、山尾悠子版聖地巡礼、してきましたよ。
同志社大学はいくつかのキャンパスに分かれていますが、うち今出川キャンパスは、散策が楽しくなるような美しいキャンパスで、キャンパス内に重要文化財がいくつもあることでも知られています。いい具合に古びた、レンガ色の壁面の建物はどれも雰囲気があって、建築好きならば眺めているだけで楽しめるでしょう。
お目当てのクラーク記念館も重要文化財の一つです。


↑こちらが、同志社大学のクラーク記念館。


クラーク記念館は1894年(明治27年)に開館したものとのことですから、120年以上の歴史をほこる建物ということになりますね。1979年に重要文化財に指定されています。


館はいい具合に古びた造りで、中に入ると、ホールから左右に木造の階段がのびています。このホールを山尾悠子さんは《いつも空気がひんやりとしていた巧緻な造りの玄関ホール》と表現しています(「同志社大学クラーク記念館に纏わる個人的覚え書き 高柳誠」より)。
2階に上がると階段がきゅうきゅうと音を立てるのもいい感じです。ここに山尾悠子さんが通っていたことがあるのだなあ、この階段を上り下りしたことがあるのだなあ、などと思うと、なんとも言えない不思議な感じがします。

↑チャペルは残念ながら現在は見学は停止しているとのことで、中は見られませんでした。
山尾悠子さんが同志社大学文学部国文科に在籍していたのは、1973年ごろのこと。半世紀ほど前のことになります。クラーク記念館は重要文化財だから大きくは変わっていないだろうけれど(と書いて、山尾さんの文章を確認すると、《時代も変わり、リニューアルされたクラーク記念館は卒業生対象の結婚式場としても使用されている由》とあります。いつリニューアルされたのか、山尾さんが通ったころとどこがどの程度変わったのか、気になるのでした……)、キャンパスの様子は、山尾さんが通っていたころとはすっかり変わってしまっていることでしょう。でも、敬愛する作家が通った学び舎を前にし、一時期このキャンパスを行き来し、ここで学び、多くの文学作品に出会っていたのかと思うと、長年の読者としてはやはり感慨深いものがあります。

↑同志社礼拝堂。こちらも重要文化財です。この斜め前辺りに大学図書館があり、そこで山尾悠子さんが澁澤龍彦やボルヘスらの作品に出会ったりしていたはずなのに、撮影をし忘れてしまうという失策を……。
というわけで、ただ単に、山尾悠子さんゆかりの場所を訪ねてきました、という、それだけの話です。それだけの話なんですが、なんというか、覚えた感慨は想像以上のもの。特別なものを目にしてしまった、特別な地に足を踏み入れてしまった、そんな気分にひたれたのでした。
これまで聖地巡礼に熱心な読者ではまったくありませんでした。敬愛する物故作家のお墓参りを欠かさない読者も少なくないといいますが、そのようなことをしたこともありません。でも、今回、こうして読んだばかりの本に登場した建物を訪ねてみて、愛する作家・作品ゆかりの地を訪ねたい、愛する作家・作品に関係のある建物や施設を見たい訪ねたい、という気持ちが少しだけ理解できたような気がします。
今回の京都旅行(仕事の用事なので、「旅行」ではないんですが)、お供の本は、山尾悠子さんが『迷宮遊覧飛行』の中で再三ふれていた作家の1人、赤江瀑の作品を用意していました。ご存知の通り、赤江瀑作品には京都舞台にしたものがたくさんありますからね。山尾悠子さんが通ったキャンパスのベンチで、京都が舞台の赤江瀑作品を読む。昼の食事後のわずかな時間のことですが、とてもぜいたくなひとときとなったのは言うまでもありません。
キャンパス内では、あちこちで梅が花を開いていました。赤江瀑作品を片手に眺めていると、メジロがやってきて、一心に蜜を吸っていたのでした。

本来なら、ここで周辺の本屋、とくに、山尾悠子さんが通った本屋が残っていたりしたら、併せて紹介したいところですが、今回は本屋巡りの時間はとれませんでした。というか、関西の私立大学の雄といっていい存在なのに、御所のお隣というロケーションの関係もあるのかキャンパスの周りは、そもそも大変お店が少ないんですよね。同志社にかぎらず、有名大学のそばであっても、書店の継続維持が難しいご時世だから、そんなものなのかもしれませんが、本屋だけでなく、飲食店なども少ないからなあ。
同志社大学今出川キャンパス良心館地下1階にある良心館ブック&ショップは残念ながら閉まっていました。西門の前には古書店、澤田書店がありますが、こちらも閉まっている。もう少し自由時間があれば、周辺には歩いていけそうなお店もあったのですが、今回は断念。
今出川キャンパスから徒歩で20分強くらいのところにある大垣書店の新しいお店、大垣書店堀川新文化ビルヂング店に寄る時間をつくれたので、このお店については稿を改めて。