まさに「迷宮」を「遊覧」しているかのような読書時間でした。
- 山尾悠子『迷宮遊覧飛行』(国書刊行会)
帯に《迷宮的作家・山尾悠子の足跡を辿る500頁》とあるこの本は、こんな内容です。《泉鏡花・澁澤龍彦・ボルヘス・デルヴォーなど、偏愛する作家や画家をめぐる文章、自作解説、回想、掌篇小説など全80余編。20代の若書きから現在に至るまで、初のエッセイ集成。書き下ろしの「読書遍歴」も収録》。
著者がどのような書き手の作品を読んできたか好んできたかが手にとるようにわかるといってもいいくらいの書きっぷり。山尾悠子読者なら冒頭の「読書遍歴」からわくわくさせられること必至の1冊です。
何しろこの分量、一気読みはできませんし、この寡作作家の貴重な新刊を一気読みなんてそもそも、もったいなくてできません。寝る前の楽しみにと毎晩少しずつ読んでいたんですが、困るのは、人名や作品名などの固有名詞が出てくるたびに、いちいち調べたりチェックしたり、本棚にある本を引っ張り出してきたり、喜んだり驚いたりで、なかなか肝心の本編の読書が進まないのです。
本書で言及されている作家名は、その作を既読の名前も(例えば鏡花や倉橋由美子や赤江瀑)、その作を未読の名前も(例えば時里二朗や高柳誠)、いずれも気になります。何しろ敬愛する作家が敬愛する作家たちですからね。気にならないはずがないし、読まないわけにはいかないのです。そんなわけで、(小説と違って)ぐんと読みやすいはずの文章なのに、読み終えるのにずいぶん時間がかかってしまいました(途中で、本書中に出てきた別の本を複数冊読了したりしているので、当然といえば当然なんですが)。冒頭にも書いた通り、まさに「迷宮」を「遊覧」しているかのような読書時間だったわけですが、その迷子時間の大変に楽しかったこと。
ちなみに、本書でいちばんびっくりしたのはこのくだり。《二次会のあと、文春担当さんと少しだけ寄り道してお話ししたのだが、実は熱烈な新井素子ファンと当日発覚したこの担当さん、同時にガンダムや銀英伝ファンとしての青春を過ごしたかたとも判明した。私は新井さんの人気シリーズや銀英伝は読んでいないが、ファーストガンダムは(ちょうど地元のローカル放送局に勤めていたので、職場のTVで)熱心に観ており、たいへん話が合った。》(p.295「年譜に付け足す幾つかのこと」より)
山尾悠子さんがガンダム?! しかも「ファーストガンダム」と呼称! 本書に登場する作家名や作品名は、山尾悠子読者なら、なるほどなあ、という名前ばかりで、その意味では意外な固有名詞というのはほとんどないのですが、これだけは、本書の記述のなかで、異彩を放っていましたね。まあ、SFつながりと言えなくもないのですが、それにしてもガンダム(笑)。当然、ぼくのような者はそれだけでうれしくなったりしているわけですが。
脱線しました。わざわざそのように言う必要もないと思いますが、山尾悠子読者なら必読必携の1冊です。一点だけ、惜しいところがあるとしたら、人名・作品名の索引がないこと、くらいかなあ。本書の迷宮を思うぞんぶん遊覧飛行するには、やはりガイド=索引があったほうがいいですからね。
ところで。山尾悠子さん、寡作で、デビュー年を考えると著作の数は少なすぎるくらいなんですが、2018年刊の『飛ぶ孔雀』(文藝春秋・文春文庫)以降は毎年、とまではいかなくても、ほぼ毎年、という感じのけっこうなペースで新作や関連作など(新装版なども含みますが)読めていて、うれしいかぎりです。
しかも、本書の帯には、『仮面物語 或は鏡の王国の記』が5月に復刊されるなんてうれしい情報も載っていますからね。さらに、その前、3月には、山尾悠子さんの掌編も掲載されているという中川多理さんの人形作品集『薔薇色の脚 中川多理人形作品集』(ステュディオ・パラボリカ)もある。楽しみだなあ。
追記:『迷宮遊覧飛行』で知ったのをきっかけに手にした本のうち、3冊だけ紹介しておきます。
- 時里二郎『ジパング』(思潮社)
- 時里二郎『翅の伝記』(書肆山田)
- 高柳誠『高柳誠詩集成II』(書肆山田)
うち、時里二郎の2冊は古書価格がすさまじいことになっていておいそれとは買えない感じでしたが、幸い近所の図書館に所蔵がありました。散文詩に分類されている作品群ですが、山尾悠子さんが『迷宮遊覧飛行』中でも書いている通り、掌編または短編の幻想小説のような作品群。とくに『ジパング』は装丁も含めて、印象に残る1冊でした。
『高柳誠詩集成II』には、栞(付録)に山尾悠子さんが「同志社大学クラーク記念館に纏わる個人的覚え書き」を寄せています(『迷宮遊覧飛行』に収録)。