須永朝彦さんが亡くなりました。
ツイッターのタイムラインに情報が流れたのが5/16夜のこと(情報ソースは著者の作品をいくつも刊行している国書刊行会のツイートとのこと)。
翌日になっても、さらに1日過ぎても、主要紙などに訃報記事は出ていないようです。ベストセラーがあるわけでも、万人に好まれる作風でもありませんが、一部の人に熱狂的に支持されるタイプの書き手だっただけに、この反応はなんというか、ことさらさびしいものに感じられたのでした。
訃報を目にした夜は、これまで折に触れてよみかえしてきた「天使」や「就眠儀式」を読み返してすごしました。小説の代表作の多くが短編、というか掌編と呼ぶべき短いものなので、分量的にはすぐに読めます。ただ、文章は流し読みを許さないタイプもので、一読でわかったような気にはなかなかさせてくれません。だからこそ、再読、再再読に耐えうるのでしょう。
著書の多くが、コーベブックス、西澤書店、新書館など、どの書店にも置いてある、簡単に手にできるというわけでは必ずしもない版元から刊行されていましたが、数年前にこの本が出たことで、少なくとも小説に関しては、短編掌編の代表作が手にとりやすいかたちで読めるようになりました。
- 須永朝彦『天使』(国書刊行会)
ただ、今見れば、ついこの前のことのように思っていた本書の刊行も早10年前のこと、本書も残念ながら版元品切れのようです。
須永朝彦さんは、闇の世界に惹かれ、闇の世界を愛した、闇の世界の住人でした。同時に、闇の世界のよき案内人でもありました。小説作品は単巻の全集と先の作品集をのぞくと4冊しかありませんが、その数を上回る評論やエッセイを手がけています。『日本幻想文学全景』のほか、短歌・歌舞伎・古典への関心を活かしたものがいくつもあります。また翻訳やアンソロジーの選者の仕事も多く、『日本幻想文学集成』『日本古典文学幻想コレクション』などの叢書に導かれた、道を開かれた怪奇幻想好きは少なくないことでしょう。
須永朝彦さんは、短歌に歌舞伎に少年愛にと、得意のテーマを複数お持ちだったようですが、そうした得意分野のなかでも吸血鬼への思い入れはことのほか強かったのでしょう。小説に評論に翻訳にアンソロジーにと、このテーマで複数の著書があります。なにしろ、小説ならば『就眠儀式』、評論ならば『血のアラベスク』、アンソロジーならば『書物の王国 吸血鬼』の書き手・編み手ですから。当方のように吸血鬼に関心のある読者にとって、須永朝彦さんの名前が特別なものにならないわけがないのです。
2018年にはツイッターも始めていたようで、アカウントが今も残っています(@asahiko_sunaga)。4/21には《12月に脳溢血を患ひ後遺症に悩まされてをりますが、リハビリ等につとめてゐる處です》との記述があります。
須永朝彦さんに導かれた闇の世界を愛する読者もみな遠からず同じ岸に渡ることになるわけですが、それまでの間は、残された作を愛で、楽しみながら過ごしたいと思います。闇の世界の住人にこのようなことばを送るのが適当なのかどうかはわかりませんが、残されたものを愛してやまない読者の一人として、心よりご冥福をお祈りします。


