歌謡曲に関する気になる本が続けて刊行されました。
- 『日本昭和アイドル歌謡大全』(辰巳出版)
- マキタスポーツ・スージー鈴木『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話』(リットーミュージック)
- 町あかり『町あかりの昭和歌謡曲ガイド』(青土社)



歌謡曲、大好きなんですよ。今はいろいろなジャンルの音楽を聴いたり演奏したりを楽しんでいますが、これだけ音楽どっぷりの生活になったのは、やはり小学生時代にテレビの歌番組やラジオで浴びるほど見聞きした昭和の歌謡曲の影響が大きいと思うのです。
昭和の歌謡曲で好きなものはだいたいドーナツ盤でそろえていて、週末にお酒を片手に独りDJ常態で楽しんだりしています。当時は買えなかったドーナツ盤で聴くというのがまたいいんですよね。
さて、今回紹介する3冊はそんな昭和歌謡曲の魅力を教えてくれそうな本たち。まず『日本昭和アイドル歌謡大全』。内容紹介にはこうあります。《あの頃、ぼくたちが夢中で聴いたアイドルソング。それらは驚くほどクオリティの高い、まさに名曲の宝庫だった――― ヒットシングルはもちろん、知る人ぞ知るB面やアルバム曲も多数!! 今もけっして色褪せない珠玉の楽曲群を一挙大紹介!》
本書でいう「アイドル」は女性アイドル歌手(グループを含む)。アイドルという語自体は男性にも使われますが、ここでは女性アイドルにターゲットが絞られています。
本編は、1970〜74、1975〜79、1980〜1984、1985〜89の4つの時代に分けられ、それぞれの時代のアイドルと代表作を紹介していくつくりになっています。オールカラーなので、LPやシングルのジャケをカラーで楽しめるのもいいですね。
ここでうれしいのは、山口百恵、松田聖子&中森明菜が冒頭に置かれ、別扱いになっていること。これだけで、わかっている感がびしびしと伝わってきますよね。昭和の歌謡曲にとって、この3人は別格ですから。
アイドル歌手たちの紹介がメインですが、「昭和のヒットソングを創った巨匠たち」と題するコラムも収録。作詞家・作曲家・編曲家に分けて、時代とジャンルを代表するヒットメイカーたちがまとめられているのもうれしいところ。昭和歌謡曲は作り手も重要ですからね。
全体に、歌謡曲のことをわかっている人たちが愛をこめてつくった感じが伝わってくる内容になっていて、昭和歌謡好きは読んでいるだけでうれしくなるような1冊でした。このジャンルが好きな人にとって、そんなに新情報はないかもしれませんが、コンパクトにまとまっていて、入門にも振り返りにも聴き直しのお伴にもよさそうな感じです。
次の『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』は、《音楽番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』が弾けて楽しめる理論の本に》というもので、副題「つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話」が中身をよく表しています。
版元の内容紹介を引きます。《マキタスポーツと音楽評論家のスージー鈴木が、おもに80年代名曲の魅力を熱く語り尽くす音楽バラエティ番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS12 トゥエルビ)。とりわけ、楽曲に仕掛けられたコード進行やメロディ・ラインなどの考察に定評があり、ドラマティック・マイナー進行、ビクトリー・コード進行、ソ♯、ミファミレドなど番組発のわかりやすいネーミングも秀逸です。本書は、これまでの放送から音楽理論の回を抜粋して再編集した"カセット流の教則本"と言えるもので、ふたりの軽快なトークを読みながら、実際にギターを弾いて楽しむことができる作りになっています。番組ファンはもちろん、80年代歌謡曲愛好家、若い世代の音楽好きまで幅広くオススメしたい一冊です》。
取り上げられている楽曲は、厳密には、80年代以外のものや通常は「歌謡曲」には分類されないものも混じっていますが、まあ、そこはとくに問題ないでしょう。
ぼくは、自分でも楽器を演奏するのが好きなこともあり、曲がどんな構造になっているか、どんなコード進行になっているか、といったことが気になるタイプです。なので、マキタスポーツさん、スージー鈴木さんの二人が番組で披露しているような話が大変好み。それが本で読める、それも、歌詞・譜面・コード譜など付きで読めるとなれば、これは手にとらないわけにはいきません。
楽曲の構造、コード進行、メロディ、和音とメロディの関係などに関心のある方、とくに自分でも演奏するというタイプの読者であれば、楽しめる内容になっていると思います。音源と楽器が手元にあればさらに深く楽しめるでしょうから、本書をひもとくときは、それらの用意を忘れずに。
自分の好みにもぴったりで楽しい本なんですが、本のつくりにはちょっと気になるところも。巻頭が、いきなり「巻頭特集 実録! シティ・ポップとアーバン・ミュージックの境界線」と、人によってはハードルが高いかもしれないテーマの記事から始まっています。ここはやはり、本の元になっている番組自体の紹介や、この本のつくりについての説明(つまり、上に引用した内容紹介にあるようなこと)が欲しいところですよね。ところが、そういうまえがき的な文章自体が収録されていません(途中に番組のこれまでを振り返るみたいな対談は収録されているのですが)。この巻頭特集の次は、本編「ザ・カセットテープ・ミュージックの音楽理論」の「PART 1 一撃必殺のコード使い●メジャー・セブンス」が始まります。
そういう話題や用語がオーケーな人しか手にとらないだろうということなんでしょうが、いきなり、本の主旨説明も何もなしに、シティかアーバンかみたいな話題で始めるのは、本のつくりとしてはちょっと乱暴な感じもします。音楽を扱う本ですからね。やはり「イントロ」が、それも本編が楽しみになるようなイントロがあったほうがいいのになあ、と、ちょっと気になってしまったのでした。
最後は、『町あかりの昭和歌謡曲ガイド』。この記事を読んで気になったのでした。「平成生まれの町あかりさんが「昭和歌謡曲」のディープな世界をガイド SNSでバズりそうな歌手は?」(10/20 朝日新聞)。なにしろ《78・79年と80年は全然違います》などと発言していますから。よくわかっていらっしゃる感がすごいではないですか! すばらしい。これは昭和歌謡曲どっぷりの我々の世代と話が合いそうな方だなあ。買って読まないわけにはいかないなあ、と。
こんな本です。《美空ひばり、キャンディーズ、サザン、小泉今日子・・・。定番から知られざる一曲まで、昭和歌謡曲愛好家の町あかりが自信をもって紹介する日本の名曲の数々。年代や有名無名など一切関係なく曲の魅力だけで選曲する、YouTube世代のまったく新しい昭和歌謡曲ガイド!》
著者の町あかりさん(ステージネームのようですが、この名前自体、昭和歌謡曲っぽい感じですね)は1991年生まれとのこと。目次に並ぶ歌手名・曲名は、1991年生まれの書き手の本に出てくるそれとは思えぬものになっています。こちらは昭和歌謡曲は直撃世代。当時リアルタイムでふれたというだけでなく、その後、ドーナツ盤を集めたりする関連書籍を読みまくったりしていますから、当然自信があるつもりだったんですが、知らない曲まで上がっています。
取り上げた曲を歌謡曲愛あふれる文章で紹介していて、入れ込みっぷりが伝わってきます。読んでいて取り上げられている曲が聴きたくなる、楽しい本でした。
ただ、内容にはやや不満な点もありました。著者は歌謡曲ジャンルでこれからも活躍されるでしょうし、昭和歌謡曲をテーマにした本をまた手がける機会もあるかもしれませんから、ぜひ今後の参考にしてほしいという意味を含め(まあ、この駄ブログがご本人の目にふれる可能性はあんまりないわけですが……)、あえてちょっと厳しい指摘もしておきたいと思います。
まず、取り上げられている曲ですが、歌手名・曲名(発売年)だけで、作詞家・作曲家・編曲家のクレジットがありません。本文中でふられれている場合もありますが、まったく言及がないことも。
先に紹介した『日本昭和アイドル歌謡大全』の「まえがき」にこんなくだりがあります。《彼女たちの人気は、ビジュアル的な魅力もさることながら、優れた作家陣による楽曲のクオリティの高さも強く後押ししていた》。《現在の音楽界においては、アーティストが自ら曲を書くケースも多いが、昭和の頃はさまざまな職業作家たちがアイドル歌手に楽曲を提供していたのである。作詞家、作曲家、編曲家など〝その道プロ〟によって、間違いなく彼女たちの音楽は支えられていたのだ。昭和アイドルの楽曲が今なお、リアルタイム世代はもちろん、現在の若者たちからもお熱い支持を受けているのは、こうした偉大な職人たちの功績が極めて大きかったといえる》。
この点についてはぼくも全面的に賛同です。ぼくは聴くだけでなく、自分でも演奏するタイプの音楽好きなんですが、曲をコピーして自分で弾いてみると、発見がたくさんあるんですよね。よくできているのです。さすが一流の作家陣が集まってつくりあげたものだなあ、ということがとてもよくわかるのです。別に演奏などしない人でも、曲の採譜などをしない人でも、それは無意識に感じていることだろうと思うのです。あの時代に世代や性別を超えて、多くの人に歌謡曲が支持され、愛されたのだろうと思うのです。
だからこそ、筒見京平さんが亡くなったときも、あれだけ大きく報じられたんですよね。つまり、昭和歌謡曲の作家陣は、単なる裏方ではないのです。それも、一部のマニアにとってそうだというだけでなく、歌謡曲に親しんだ多くのふつうの人にとってそうだ、ということです。
歌謡曲愛にあふれる人が書いた歌謡曲本では、こうした「誰がつくったのか」の情報もおろそかにしてほしくないのです。1、2行、小さなフォントで見出しの下や文章末に入れればいいだけのことですから。
これは書き手のスタイルなのかもしれませんが、取り上げている曲自体に関する記述が少ないケースも散見されます。各曲の紹介や批評ではなく、エッセイ的な書き方なので、別にそれでもいいのかもしれませんが、見出しになっていて、メインで取り上げられるはずの曲なのに、本文でちょびっとしか曲にふれられていないものがあるのは、なんとなく読んでいて物足りない感じもしてしまいました。これが本ではなく、著者が行っているようなトークイベントの場合は、ご本人のトークの魅力で、そのあたりはカバーできるのかもしれません。でも、文章で読ませる場合は、やはりもう少し取り上げる対象に正対した、突っ込んだ記述がほしいところです。
あと、ジャケ写がないのも残念でした。やはり昭和歌謡曲はドーナツ盤のジャケットが欲しいところですよね。本書はカラーではなくモノクロの本ですが、モノクロでもいいのでやはり図版はあったほうがいいなあ、と、そんなことも思ってしまいました。
本文のあちこちに歌詞が引かれていますが、JASRAC利用許諾番号の表示が見当たりません。これ、大丈夫なんでしょうか……。
リアルタイム世代でないリスナーが楽しく昭和歌謡曲の魅力を語ってくれる本ということで、期待も大きかっただけに、ちょっと厳しいことも書きましたが、帯にある《ネット世代が聞く昭和の音楽》に興味のある方は手にしてみるといいかと。
これらの昭和歌謡本に触発されて、本稿執筆前後は、昭和歌謡を聴きたくなり、ドーナツ盤を引っ張り出してきたり、盤がないものはサブスクリプションで探したりして、楽しい時間を過ごしました。
昭和歌謡曲をいろいろ聴き直しているときに気づいたんですが、山口百恵、「イミテイション・ゴールド」も「秋桜」も「いい日旅立ち」も、十代(!)のときの歌唱なんですね。あらためて驚かされました。
1959年生まれで1980年引退ですから、この3曲だけでなく、最後の数曲をのぞいて、ほぼすべてのシングル、代表曲が十代のものなんですよねえ。美空ひばりも若くして歌い手として完成されていましたが、山口百恵の早熟ぶりもあらためてすごいなと思ったのでした。
あと、昭和歌謡曲がらみでは、これもありました。先日、こんな番組が放送されていましたね。「NHK 伝説のコンサート“わが愛しのキャンディーズ”」リマスター版。ちょうどどっぷり昭和歌謡曲モードだったので、これ幸いと録画。
先に書いた通り、いまでもドーナツ盤他で昭和の歌謡曲はよく聴き直していますから、キャンディーズも曲自体はよく聴いているのですが、映像で、歌っている姿、動いている姿を観ると印象がぜんぜん違いますね。思わず見入ってしまいました。感激。