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空犬通信

本・本屋好きが、買った本、読んだ本、気になる本・本屋さんを紹介するサイトです。

読者には「本」の形で届けたい

中高生を対象にした、こんな書店企画があるようです。




プレスリリースによれば、このような企画内容だそうです。《講談社と千葉県の書店が協力し、千葉県内の書店31店舗(7月7日現在)で、県内の中高生を対象とした『中高生ゲラ読み企画』を実施することになりました》。


《本来、出版に携わる人にしか目にすることができない「ゲラ」を読むことができる、中高生にとって貴重な経験になる企画です。千葉の書店が中高生の夏の読書を盛り上げていきます》。


《本企画は作家・書店・出版社がタッグを組み、本来非公開である1冊分のゲラを店頭で配布し広く読ませる、過去にあまり例のないものとなります》。


対象書目は、《清水晴木『体育会系探偵部タイタン! レボリューションズ』(講談社タイガ 8月20日出来)》とのこと。


企画趣旨にある、
《地元書店が地元作家(千葉県・検見川高校出身)を応援》
《「感想POPの店頭掲示」を通じて、本と本屋好きを育てる活動とします》
については、なるほどと思うのですが、
《出版人だけの「ゲラ読み」の機会を通じて、中高生に本の世界に触れる機会を提供》
については、なんとなくひっかかるものを感じてしまいました。


おもしろい試みだとは思うものの、書店員や書評家など、本のプロ以外の一般読者に、《本来非公開である1冊分のゲラ》、つまり商品のかたちになっていないもので読ませるのはどうなのかなあ、と。商品のかたちになっていないものを、一般の読者、それも年若い読者に不用意に読ませてしまうことには、本をつくる側、送り届ける側にいる者として、どうしても違和感を覚えてしまうのです。


当方も一応、出版界の端っこで仕事をしている者ですので、本は本のかたちになって読者の手に届くことに意味があると思っています。商品として中身やかたちが確定されていない、発売前の段階のものを見せてしまうことには慎重であるべきではないかなあ、と考えます。また、このような商品化前のかたちで本の中身を読むことに受け手側が慣れてしまったら、それこそ、テキストデータでいいじゃん、という話になりかねない気もしてしまうのです。考え過ぎなのかなあ。


この件をツイッターでふれたら、《書店員や書評家もまた「本(づくりの)のプロ」といえるかどうかは微妙》という反応がありました。ツイッターやブログで「本のプロ」とした際に、ぼくは別に個人の資質などの話をしているのではありません。辞書的定義では「プロ」とは《ある物事を職業として行い、それで生計を立てている人》(デジタル大辞泉より)ということですから、本を販売したり、本の拡販のための文章を書いたりすることで収入を得ている人は、本に関わる仕事を生業とする「本のプロ」です。


書店員や書評家は、本の内容を、本が商品として発売されるよりも前に知ることで、本の拡販に活かすことができる仕事ですから、ゲラを手にするのは意味のあることだと思いますが、それを、一般の読者に手渡すのはまったく意味の異なる行為だと思うのです。


本を読者に届ける方法はできるだけたくさんあったほうがいい、ということを常々言ったり書いたりしてきましたから、その意味では、今回の企画もよけいなことを言わずに応援すべきなのかもしれませんが、上に書いたようなわけで、気になってしまいました。中高生たちの感想は、POPとして書店店頭に並ぶとのことですので、中高生の読者にどんなふうに受け止められることになるのか、各店の店頭の様子をぜひ追いかけてみたいなあと思っています。

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