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空犬通信

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ラテンアメリカ文学の短編集

ラテンアメリカ文学の読者にはうれしいアンソロジーが出ましたね。




書影 20世紀ラテンアメリカ短篇選

版元の内容紹介によれば、《ヨーロッパの前衛と土着の魔術と神話が渾然一体となって蠱惑的な夢を紡ぎだす十六篇》を収録した1冊です。


ラテンアメリカ文学の短編集はこれまでにもいろいろ出ていて、文庫だけにかぎっても、以下のようなものがありました。


  • 鼓直編『ラテンアメリカ怪談集』(河出文庫)
  • バルガス=リョサ他『ラテンアメリカ五人集』(集英社文庫)
  • ガルシア=マルケス他『美しい水死人 ラテンアメリカ文学アンソロジー』(福武文庫)

新装版が出ている河出文庫以外の2つは品切れなので、手にとりやすく、ジャンルを限定しないラテンアメリカ文学のアンソロジーとしては、久しぶりかつ現時点では唯一のものということになります。


収録作品は以下の通り。


  • 「青い花束」オクタビオ・パス
  • 「チャック・モール」カルロス・フエンテス
  • 「ワリマイ」イサベル・アジェンデ
  • 「大帽子男の伝説」ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
  • 「トラスカラ人の罪」エレーナ・ガーロ
  • 「日蝕」アウグスト・モンテローソ
  • 「流れのままに」オラシオ・キロガ
  • 「決闘」マリオ・バルガス=リョサ
  • 「フォルベス先生の幸福な夏」ガブリエル・ガルシア=マルケス
  • 「物語の情熱」アナ・リディア・ベガ
  • 「醜い二人の夜」マリオ・ベネデッティ
  • 「快楽人形」サルバドル・ガルメンディア
  • 「時間」アンドレス・オメロ・アタナシウ
  • 「目をつぶって」レイナルド・アレナス
  • 「リナーレス夫妻に会うまで」アルフレード・ブライス=エチェニケ
  • 「水の底で」アドルフォ・ビオイ=カサーレス

ごらんの通り、マルケス、アジェンデ、フエンテスら、ラテンアメリカ文学のビッグネームがおさえられているのはもちろんのこと、そうした人気作家のほかに、一般読者にはなじみのなさそうな名前も混じっているなど、バラエティに富んだセレクトになっています。


大きく4つのテーマに分かれていて、土着的なもの、幻想的なもの、などなど、さまざまなタイプの作品、書き手の個性を楽しむことができます。カバーに使われているのはメキシコの画家、ディエゴ・リベラの作品ですから、表紙も含めて、まさに20世紀ラテンアメリカ文学のショーケースになっているわけですね。


すでにラテンアメリカ文学に親しんでいる人にも、これからの人にもおすすめの1冊です。



さて。すばらしい作品集なだけに、一点だけ、気になったことにもふれておきます。


一部の作品に、現在では使用に配慮が必要な差別的語彙が使われています。古い作品などにはどうしても出てくる問題で、原文自体にそうした語彙が使われていたり、呼びかけやあだ名なとして使われていたりなど、単に表現を置き換えればいいというわけではない場合も多いので、対処の難しい問題です。


表現上、そうした差別的な語彙の使用が避けにくい場合や、著作権者が故人で修正できないような場合は、巻末に、《現在の目から見ると穏当を欠く表現が見られるものがあるが、著作権者が故人のため[または、執筆当時の時代を反映したもののため、など]、原文のままとした》といった断りの一文を入れる場合が多いようです(表現は、各社・各作品で異なります)


今回の作品集の場合だと、初出が1978年と古いものも混じっているものの、編訳者が各作品の訳者でもあるので、訳者本人が手を入れようと思えば手を入れることもできたはず。


それをそのままにして出すのは、作品世界の表現に必要だからという判断があってのことだと思うのですが(実際に、当該の作品を読むと、単に表現を置き換えればいいような使い方でないことはわかるのですが)、それでもというか、だからこそというか、やはり、こうした断りの一文はあったほうがいいのではないか、と思うのです。


どのようなジャンル・作品にも新しい読者というのは常に生まれるもの。配慮の必要な表現に関する知識が十分でない若い層がこうした作品にふれる機会も必ずあるでしょう。そのようなときに、何の注意書きも断りもなかったために、そのような語の使用が当たり前なんだ、問題ないのだと思ってしまうことは絶対にないとは言えない気がします。


また、(自分もそうですが)昨今は、読んだ本の感想やコメントを、SNSにあげる人も多い。その際に、内容にふれたり、内容の一部を引いたりする人もいます。作品全体としては問題ないように見えても、たまたまそうした表現が含まれる部分が取り出されてしまうと、非常に問題のある書き方に見えてしまうようなことだってあるかもしれません。実際、発言や文章の一部だけが取り出され、必ずしも発言者・書き手の本意ではないかたちにとられて炎上、といった事例は後を絶ちませんしね。


本書が、ラテンアメリカ文学の短編集のスタンダードとして長く残っていく可能性が高いことを考えれば、やはりそこは、きちんと解説文中なり巻末なりで、ひとこと断っておくべきではないのかなあと、そんなことを思いました。重版時にも可能な手当だと思われますので、もしも関係者の方の目に留まるようなことがあれば、ぜひ検討をお願いしたいものです。



おまけ:ラテンアメリカ文学の入門には、本書のようなアンソロジーを読むのがいいかと思いますが、解説書・入門書的なガイドが新書としていくつか出ていますので、それらを参考にするのもいいかもしれません。



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