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空犬通信

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住民の寄贈で自治体が児童文庫を?!【更新】

先日、ある自治体が《地域や家庭で読まれなくなった本のうち、子供に読んでもらいたい図鑑や絵本、読み物、教育漫画など》を住民の寄贈で集めて文庫として公開するという記事を見かけました。




記事の一部を引きます。《書店のない堺市美原区で子供たちに本を読んでもらう機会を増やそうと、区は来年1月から、同区黒山の区役所1階に子供向けの本を集めた「美原まちなか文庫」をオープンさせる。担当者は「子供にとって本を読むことは、集中力を養ったりするために大事なこと。少しでも本にふれあう機会を増やしていきたい」と話している》。


対象書籍は《地域や家庭で読まれなくなった本のうち、子供に読んでもらいたい図鑑や絵本、読み物、教育漫画など》とされています。《本の寄贈は今月1日から始められており、区内に設置する文庫回収ボックスに投入するか、区役所企画総務課に直接持ち込む》。


集めた本は《区内の図書館の司書の協力を得て、子供たちが自由に読んだり、借りたりできるよう、区役所1階にまちなか文庫として陳列する(本の内容や状態によっては配架しない場合も)》とあります。


うーん、どうなんでしょうか。これ。


こうした動きの背景というか、理由については、記事では同エリアに書店がないことに加え、「子どもたちが本を読まない」ことをあげています。その部分を引きます。


《平成28年度の全国学力・学習状況調査では、「学校の授業時間以外で本を全く読まない」と回答した小学6年生の割合は、同区が30・6%(市全体の平均は24・5%)と市内7区で最も高い結果となった》。


(注意すべきは、不読率が3割だということです。これが「小学6年生の10人に7人が授業以外にもなんらかのかたちで本を読んでいる」となっていれば、おお、出版不況とかいうけど、けっこう読まれてるじゃん!と感じる人が多いはずで、実際、この数字は、深刻なものではないと個人的には考えます。数字のマジックがあるわけですが、その問題にはここではこれ以上ふれません。)


《こうした状況を踏まえ、区民らでつくる「美原区教育・健全育成会議」が区にまちなか文庫の設置を提言していた》とあるんですが、本来、このような事態に対処する際に、中心となるべきは、区の公立図書館や学校図書館、児童館ではないでしょうか。こうした施設がどのような取り組みをしているのかは、記事ではふれられていませんので、詳細はわかりませんが、既存の図書館施設がまずは対応策を考えるべきなのに、なぜ、別の場所に容れ物をつくろうという発想になるのか、どうもよくわかりません。


こうした動きが、子どもに本を、という関係者の方々の純粋な気持ちから出たものであろうことは充分にわかります。でも、家庭の不要本を集めて子どもと本にふれあう機会を、などといっても、それは限界があるだろうと思うのです。子どもに本を届けるというのは、そんな、不要本をどこかに集めて読めるようにすればいい、というような簡単なものではないと思うからです。


子ども、とくに小学生以下の子どもは、年齢・学年が1年違うだけで、読める漢字の数にも大きな違いがあるなど、内容や対象に充分な配慮が必要です。(もちろん、対象年齢といった大人側の区分を子どもたちが易々と飛び越えてしまったりすることが多々あるのも事実ですが、それはともかく。)子どもに本を届ける、子どもに本との出会いを提供するというのは、公共図書館(の児童書コーナーの)司書、学校図書館の司書、書店の児童書担当、出版社の児童書編集者といった人たちが、知識や技術や熱意を総動員して日々取り組んでいるプロの仕事です。それを、いくらなんでも軽視し過ぎ、甘く見過ぎなのではないかなあと、そんなふうに思うのです。


このような試みを全否定するつもりはありません。従来のプロの手になるルートとは別のかたちで、新たな出会いが生まれる可能性もあるかもしれません。


でも、単に不要本を集めただけだと、よほど運がよくないかぎり、それこそ新古書店、それも選択のほとんどされていない店の児童書棚のようになってしまうと思います。図書館や書店の児童書棚と、一般家庭のそれが大きく違うのは、前者は、特定の好みなどで選んでいるわけではないということです。一般の読者は、好きなものを買いますし、それは当然でしかも何も問題ありませんから、どうしても、人気のある一部の作品、端的にいうと売れている作品が、多くの家庭の本棚に並ぶことになりがちです。


そして、不要として放出されるものも、割合としてはそうしたものが多くなってしまうからです。そうして集まった、ジャンルや対象年齢などのバランスがとられたものではない、お古の本たち。それらにふれることが、はたして、子どもたちにとって本にふれる「いい」機会になるのかな、という気がどうしてもしてしまいます。


そもそも、「子どもが本を読まない」→「子どもが本にふれる環境をつくる」という、その考え方自体がどうなのか、と思います。この記事にも書いたことですが、子どもに本を届けたい、子どもたちに本と出会ってほしい、というのはいいけれど、でも、箱や場所をつくるのが先行で、中身は寄付でとか寄贈でとか、そういう話になってしまうことに、どうしても違和感を拭えないのです。大事なのは中身なのに……。


だいたい、子どもに本をというけれど、そういう大人は本を読んでいるのでしょうか。子どもに本を読んでもらおうと思ったら、それは大人が、本を読むことの楽しさ、大事さを身をもって示すのがいちばんなはずですが、生まれたときから、周りにいる大人たちはみな、手に手にスマホを持っていて、いまどきの子どもたちは、絵本やおもちゃの代わりにスマホの画面を見せられて育つなんてことも当たり前。長じれば、周りは、食事中も歩いているときもスマホを見てばかりいる大人だらけ。電車の中にも、飲食店の中にも、街中にも、本を読んでいる人の姿なんてほとんどない。


そんな社会に育っている子どもにしてみれば、
「本を読め、本に出会え、っていうけど、大人も読んでないじゃん」

といいたくもなるのではないでしょうか。自分たちがしていないことを、しろしろと押しつけられているだけのように思われるのが関の山ではないでしょうか。


仮に、このような文庫が運よく機能したとしても、やはり気になることが。記事には同エリアには書店がないとあります。つまり、書店が営業を維持できるような大人の読書人口がいない可能性が高いことになります。仮に、このような文庫で本に興味を持つ子どもたちが出てきたとして、その後、その子たちをどうするつもりなんでしょうか。不要本を集めた小さな文庫でものたりない子どもたちが出てきたとき、どうするんでしょうか。そのとき初めて、公立図書館や学校図書館への導線を考えるんでしょうか。


子どもに本を、というときに、まず何をすべきなのか。少なくとも、優先リストのいちばん上にあるのは、容れ物や場所をつくること、ではないように思うのです。



追記(12/26):この記事を書いた数日後、こんなニュースを目にしました。



記事を引きます。《クリスマスを前に23日、明屋書店(松山市)の社員がサンタ姿で児童養護施設「親和園」(同市中野町)を訪れ、1〜18歳の約80人に本122冊を贈った。子どもたちは、事前に店舗で選んだ「自分だけの本」を笑顔で抱きしめた》。


《書店で本を探す楽しさを知ってもらおうと、同社が実施し、5年目。県内10施設と山口県下関市の1施設の409人が選んだ絵本や小説、参考書など計567冊を包装し、プレゼントした。漢字と計算のドリルを受け取った中学1年、大畑祐希さん(13)は「自分だけの本は、書き込めるからうれしい。勉強を頑張りたい」と笑顔だった》。


すばらしい取り組みだと思います。子どもに本を届ける、というのは、たとえばこういうことなんじゃないかなあ、と、そんなふうに思うのです。


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コメント

全く仰る通りだと思います。
要らない本(=手元に置いておく価値がないと判断された本)を寄せ集めて、そもそも本を読む気もない人達が読書に目覚めるはずがありません。
かと言って、本を読まない人がどうすれば本を読むようになるのか、なかなか具体策は浮かびませんが。
余談ですが、以前、出張で堺に行った時、表玄関の堺駅は特急が停まるような大きな駅なのに、駅ビルのTSUTAYAさん以外に近隣に書店さんがなかったので、驚きました。

  • 2017/12/18(月) 18:37:53 |
  • URL |
  • 某版元営業 #-
  • [ 編集 ]

堺の本屋さん

某版元営業 さん>
いつもありがとうございます。

> 本を読まない人がどうすれば本を読むようになるのか、
> なかなか具体策は浮かびませんが。
難しい問題ですね。でも、本に関わる人たちは
考え続けないといけないんだろうと思います。

> 表玄関の堺駅
堺といえば、堺に本社のある地場チェーン、
天牛堺書店がありますが、堺駅周辺にはないんですよね。

  • 2017/12/18(月) 21:48:49 |
  • URL |
  • 空犬太郎 #-
  • [ 編集 ]

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