空犬通信

本・本屋好きが、買った本、読んだ本、気になる本・本屋さんを紹介するサイトです。

子どもたちに必要なのは立派な施設だろうか【更新】

先日、こんな記事が新聞他のメディアで報じられ、本に関心のある方の間で話題になっているようですね。代表して朝日新聞の記事をあげておきます。



記事の一部を引きます。《建築家の安藤忠雄さん(76)は19日、大阪市北区の中之島公園に「こども本の森 中之島」(仮称)を建設し、大阪市に寄付する考えを明らかにした》。



《建設予定地は市が管理する敷地で、鉄筋コンクリート造り3階建て》。広さは《延べ床面積は約1千平方メートル》とありますから、約300坪。《1階から3階まで吹き抜けの壁一面に本棚を置き、子どもたちが本に囲まれた空間で自由に読書できるようにしたいという。蔵書数などは未定だ》。


なぜこのようなことを思い立ったのかについて安藤さんは、《「新聞や本を読まない子どもが増えている。市民が社会に参加する町として、次代を担う子どもたちを育てたい」と述べ》たとあります。開館は2019年を予定しているのだそうです。


本をとりまく世界は、書き手作り手売り手など、関わる人全員にとってなかなかに厳しい状況にあります。だから、本の世界や、本を読む人たちにとって少しでも利になると思われることは、どんどんしたらいいと思いますし、それぞれの立場の人が自分にできることをしたらいいと思っています。


その意味で、本が読める施設の寄付というのは、一般の人にはまずできないことですから、そのような思い切ったことをしようという方が名乗りをあげたこと自体は、本当にすばらしいことだと思います。ぜひいいかたちで実現されればいいと思っています。


だから、批判をしようというつもりはありません。ただ、気になる点もいくつか目につきました。おそらく今回の件に諸手をあげて賛成という気分になれない人は他にもいるのではないかという気もしますし、おそらく、ぼく自身が、なんとなく気になっている点と重なっているのではないかとも思われますので、問題提起ぐらいのつもりで、3つの点についてふれてみたいと思います。


1つめは、安藤さんが今回の件を思い立ったという「新聞や本を読まない子どもが増えている」のかという問題について。


2つめは、子ども向けの施設をつくったとして、その利用率に影響の大きい対象年代の人口減少がどの程度考慮されているのかについて。


3つめは、安藤さんが寄付されるのは施設のみで、《蔵書集めや運営費用も企業や市民からの寄付を広く呼びかける》とされている点について。


まずは1点め。ここでいう「子ども」がどの層を指しているのかははっきりしませんが、一般的な感覚からしても、また施設の仮名称が「こども本の森」とひらがな表記になっていることからも、未就学児・小学生が中心で、上は中学生ぐらいまでのイメージでしょうか。


「子ども」や「若者」が「何々していない」と短絡的に断じる人は少なくありませんが、本を読んでいないのは、はたして「子ども」たちでしょうか(以前にも似たテーマで記事を書いたことがあります。こちら。そのようなイメージを持っている人たちは、最近の読書調査の類にも目を通したことがないのだろうと想像されます。


子どもの読書事情に関する本格的な規模の調査には、文部科学省の「子供の読書活動の推進等に関する調査研究」(委託調査)や全国学校図書館協議会・毎日新聞社による「学校読書調査」などがあります。こうした複数の読書調査を見ると明らかなことがあります。小学生はけっこう本を読んでいますよ、ということです。


関連の記事を見てみます。《1か月間に本を1冊も読まない児童・生徒の割合を示す「不読率」は、平成28年度が高校生57.1%、中学生15.4%、小学生4.0%。学校段階が進むにつれて、子どもが読書をしなくなる傾向がみられた》(2017/8/16 リセマム「高校生の不読率57%、きっかけや読書習慣を…有識者会議」。ここでは大学生にはふれられていませんが、大学生に関してはさらに不読率が上がります。


小学生は、朝読の効果などもあり、また(幸いにもというかなんというか)スマホの普及率もまだ中高生ほどでないこともあり、本は読まれているのです。それは、(往時に比べれば減少はしているものの)『コロコロコミック』『ちゃお』『少年ジャンプ』などの部数を見ても明らかですし、また、『おしりたんてい』や(読書するものではないかもしれませんが)『うんこ漢字ドリル』など、最近は児童書から続けて人気作品・ヒットが生まれていたり、子ども向け図鑑が「図鑑戦争」などということばが使われるほど活況を見せていたりすることからもわかります。関連記事をあげておきます。「児童書が上位、出版界に異変 残念な動物に大人もクスッ」(9/12 朝日新聞)「出版界激震の大ヒット本「うんこ漢字ドリル」はいかにして生まれたか」(7/17 毎日新聞)「子ども向け図鑑:より美しく面白く 理系研究者の注目度↑」(6/29 毎日新聞)


そして、さらに言えば、この四半世紀で、もっとも読まれた本の1つが『ハリー・ポッター』シリーズであったことをあげてもいいでしょう。大人の読者が多く反応したことはあったにせよ、本来のジャンルとしては児童書・YAに分類されるシリーズが出版史上に残る大ヒットになった例です。



2つめ。しばらく前にこんな報道がありました。「出生数 初の100万人割れ 16年、出生率も低下1.44」(6/3 日本経済新聞)。《2016年に生まれた子どもの数(出生数)は97万6979人で、1899年に統計をとり始めてから初めて100万人を割り込んだ》という趣旨の記事です。


子ども子どもといいますが、現在、小学生が何人いるのか、即答できますでしょうか。出版界・書店業界で子どもの本に関わっている人でも意外に知らなかったりするのですが、約650万人です(平成29年度の文部科学省「学校基本調査」によれば644.8万人)(大事なデータなので、本に関わる人は知っておいたほうがいいと思います。)


出生率が大幅に回復することは難しいと見込まれているようですから、減少傾向は今後も続くものと思われます。とすると、6年後には、現在100数万人いる小学1年生は100万人を切ることになり、さらに6年後には全学年が100万人を切ることになります。


つまり、単純計算では、12年ほどすると、小学生が現在よりも50万人も減ってしまうわけです。戦争も飢饉もパンデミックも何もなしに、です。50万人というのがどれほど大きな数か、先にあげた児童コミック雑誌の発行部数を考えても想像がつくでしょう。


施設の対象利用者の母数が少なければ、当然、利用される機会自体が少なくなるわけです。子ども向けの施設をつくるのはいいですが、その際に、こうしたことがどの程度考慮されているのかが、気になってしまいます。


もちろん、この子どもの減少の件は、一施設の問題ではなく、出版界・書店業界全体にとっての大きな問題です。幅広い年齢層に向けた一般書と違い、児童書の多くは、その対象年齢層の読者に読まれやすいよう、内容や表記や本のつくりが徹底的に工夫され、チューニングされた、対象限定性のきわめて高い商品になっています。したがって、対象年齢層の人口減少には、直接的かつ大きな影響を受けます。10年後も今とまったく同じようなやり方で子ども向けの本をつくったり売ったりできないであろうことは、他のすべての要因を見ないふりしたとしても、この児童数減少の1点だけからも明らかだからです。この件は、もっと業界で話題になってもいいのになあと思っています。



3つめ。報道で、《蔵書集めや運営費用も企業や市民からの寄付を広く呼びかける》とされている点に不安を感じた人はおそらく少なくないでしょう。


図書館(という表現は今回の報道では使われていませんが、児童図書館的な施設だと思っていいでしょう)は、容れ物をつくって終わり、ではありません。そのことを多くの人に知らしめるきっかけの1つになったのが一連の「ツタヤ図書館」騒動で、まだ記憶に新しいところでしょう。


立派な「箱」ができたからといって、それが立派な「図書館」になるとはかぎりません。安藤さんが寄付するとしているのは、報道からすると「図書館の建物」でしかありません。


記事では、費用のことだけを言っているのか、選書や運営などの具体的な作業のことも言っているのかははっきりしないところがありますが、いずれにせよ、専門の管理会社にまかせずに、選書や運営をボランティア感覚の市民や企業にまかせることが想定されているのだとしたら、それは、子どもに本を届けることを軽く見過ぎではないでしょうか。図書館という施設自体や司書の役割や意義、図書館の蔵書というものを過小評価しすぎなのではないでしょうか。ある図書館の選書がでたらめだというので、メディアであれほど騒がれたのはついこの前のことなのに、そのような同じ本の業界内での出来事から学んでしかるべき教訓がまったく活かされていないようにも思えます。


ある特定のスペースを、バランスのとれた蔵書で埋めるのは、そのような作業に従事したことのない人が考えているよりも、ずっとずっと難しく大変なことです。それは専門家の知見が必要な、プロの仕事です。まして、今回は子どもたちが相手なわけですから、大人向け以上に慎重な選書と運営とが行われる必要があるはずです。


立派な「箱」があって、そこの本棚に(中身はともかくとりあえずたくさんの)本が並んでいたら、子どもたちは喜んで本を読みに来るだろう……そんなふうに思っているのだとしたら、それは読みが甘すぎるのではないかと、そんなふうに思わざるを得ないのです。


かつて、バブルのころから崩壊後にかけてのころでしょうか、「箱物行政」ということばがよく使われました。箱物=公共施設を建設することに重点がおかれ、多く中身が伴わないことを揶揄・批判していう文脈で使われたことばです。


今回の件がそうだと言いたいわけではありませんが、ただ、その発想には通じるものがあるのではないかと言われてもしかたない面があるようにも思えてしまってならないのです。



スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad