空犬通信

本・本屋好きが、買った本、読んだ本、気になる本・本屋さんを紹介するサイトです。

「全集」っていま、どうなっているんだろう

しばらく前のことになりますが、こんな本を買いました。



山之口獏さんは、(詩心に欠ける当方としては異例なぐらいに)大好きな詩人。どこが、とか、どういうふうに、とかはうまく説明できないんですが、とにかく好きなのです。大好きな詩人の本は迷わず買いたいところですが、全集、それも新版の全集です。やや値段が高いのと、所有本(旧版を所有しています。下の写真右)との重なりとから、ずっと迷っていたのですが、ある人のことばがきっかけで、えいやと買ってしまいました。


山之口全集1 書影

↑旧版と並べてみました。


何を言われたのかと言うと、こんなことを言われたのです。
(山之口獏全集は)続きが出るかどうかもわからない。だから、応援しないといけないんです」。


こういうこと(つまり、迷わず買いなさい、ということ)、ふだんは言う側書く側でありたいと思っているのに、他の人から背中を押してもらうことになるとは! うれしいような、ちょっと悔しいような、そんな気分にさせられました。で、こんなことを言われたら、買わないわけにはいきませんよね。だから、すぐに買いにいきました。


そんなふうにして手にした『新編 山之口獏全集』なんですが、これ、ほんと、買ってよかったです。新刊案内を目にしたときから、朗読CDがついている、というのと、既刊詩集未収録詩篇を収録というのが気になっていたのですが、未収録詩篇は予想以上にたくさん収録されているし、朗読CDはやっぱりうれしいし、手にしてみると見た目以上に装丁・造本もすばらしいしで、旧版とはまったく別の全集であることがわかりました。買って大正解でした。当方と同じ理由(旧版所有)で迷っている方には、迷わずにお買いになるよう、強くおすすめしたいです。


ところで。「全集」を新刊で買ったのは久しぶりのこと。「全集」って、よほど好きな書き手でないと買おうとは思いませんし、好きな作家であれば、それまでに単行本や文庫をそれなりに持っているでしょうから、コンプリートしたいという強い思い入れがあるか、単行本未収録作品がカバーされているなどの趣向がないかぎり、ただの「ファン」ぐらいではなかなか手が伸びませんよね。多くの本好きのみなさんも、全集に関しては、おそらくは同じような感じをお持ちなのではないでしょうか。


全集自体の存在意義や価値の変遷もありますよね。ひと昔前と今とでは、「全集」の重みや位置付けがまったく違いますからね。古書店の店頭や古本市での売られ方を見ると、多くの全集が信じられないような値段で売られてます。「信じられない」というのは、「信じられないほど高い」ではなく、「安い」のほうです。


我が家にも、いくつか「全集」のそろいがあります。ほんとに好きな作家のものがわずかに数種あるだけなんですが、それらは、ほんとに好きで買ったものなので、なかにはそれなりの値段を出して入手したものもあります。それらの、今の古書価を見ると、泣きたくなりますからね。欲しいときに欲しい本を手に入れるのが、本好きにとっての幸せな買い物だと思うので、その後、値段が上がろうが下がろうが、本来は気にすべきではない、ということは十分にわかってはいるのですが、たとえば、香山滋全集(我が家の本棚に並ぶ全集のなかでも、もっとも思い入れがあって、もっとも大事にしているものの1つです)の値段の下がり方などを見ると、ため息のひとつも出ようというものです。


そんな、世間的な価値というか位置付けというか、そういうものの下落の度合いが甚だしいのが「全集」なんですが、それでも、こんなご時世に、あえて「全集」を世に問おうという版元がある、それも複数あるのだから、驚かされますし、尊敬の念もいだきたくなります。


網羅的に調べたわけではありませんが、自分がツイッターで紹介したことがあるものをさらってみただけで、こんなに出てきました。




吉本隆明全集 内容見本

↑晶文社の「吉本隆明全集」の内容見本。しっかりした造りの、全集の内見らしい内見で、なんだかうれしくなります。全38巻・別巻1。このご時世にこのボリュームの全集を紙で出すなんて、晶文社はすごいなあ。


全集らしい全集といえば、丸谷才一全集も、箱入りの、しっかりした造りのもの。この時代によくぞと思います。


これらの紹介記事にもありますが、紙の全集は現代ではやはり商品としてはかなり厳しい状況にあり、出せること自体が奇跡といってよく、こうした新聞の話題になるほどです。そんななか、紙で難しければ電子で、ということで電子書籍による全集も出てきはじめているようですね。


電子書籍での全集刊行、網羅的に調べてわけではありませんが、ぼくが気づいた範囲だけでも、文学だと、開高健、三浦綾子、五木寛之、小田実らがあり、翻訳ものではアガサ・クリスティーがあります。文学以外だと立花隆や本田靖春がありますね。マンガだと、先の水木以外に、手塚治虫が早々に電子化されています。おそらくは今後も増えていくことでしょう。


電子書籍版の全集が少しずつ数を増やしていくなか、最近、刊行がアナウンスされたもので、びっくりさせられたものが2つありました。1つは、こちら。「後藤明生・電子書籍コレクション」(アーリーバード・ブックス)。これにはほんとに驚きました。


後藤明生……大好きな作家なんです。どれぐらい好きかというと、単行本のコンプリートを目指しているぐらいに、なんです(ちなみに、網羅まであとわずかに数冊です)。先に、全集が出たら欲しい作家というのはそんなにいない、ということを書きましたが、後藤明生は、全集が出たら欲しい作家であり、かつ、実際に買ってもいいかなと思っていた作家でした。


単行本も文庫も、主なものはすべてもっているし、何より、その内容、文体から、紙でゆっくり読むのがこれほどぴったりな人はいないというふうに思っている作家ですから、応援はしたいものの、自分では電子書籍版には手を出すことはないだろうと思います。ただ、後藤明生は、生きている本が少なくて、簡単に作品にアクセスできる作家ではありませんし、古書で探そうにも、古書価が高めの作家です。だから、今回の電子版コレクションの刊行は、名のみ聞くけれど読む機会がなかった、という本読みにはまたとない機会になるだろうと思うのです。


アーリーバード・ブックスの「後藤明生・電子書籍コレクション」については、くわしい紹介記事も出ていますので、内容についてくわしく知りたい方は、アーリーバード・ブックスのサイトと合わせ、これらの記事にも目を通されるといいでしょう。書き手は、前者が仲俣暁生さん、後者は市川真人さん。「早起き鳥は文学全集の夢をみる」(12/10 マガジン航)、「挟み撃ち[著]後藤明生」(11/22 朝日新聞)。


もう1つのびっくりはこちら。「【手帖】小学館が電子版『昭和文学全集』(MSN産経ニュース)。


『昭和文学全集』といえば、昭和の終わりに刊行された文学全集で、全35巻+別巻1のボリューム。《同全集は昭和2年に没した芥川龍之介から当時の若手まで、幅広い年代、ジャンルの作家500人以上を収録》というものです。これを電子化とは。しかも、《解説、年譜なども含めて、基本的にそのままの形で電子化するという》とありますから、もしそれが実現したとしたら、これは資料的にも相当なものになるのではないでしょうか。


この全集に関しては、先日、JEPAのセミナーで詳細が報告されていました。そのときのレポートがこちらにあがっています。「小学館、頑張ってます! ―― JEPAセミナー「小学館のデジタル戦略」レポート(前編) 」(12/15 見て歩く者 by 鷹野凌)。


いやはや。全集など、過去の遺物と思われているのかと思いきや、あちこちでおもしろい動きが続いていて、目を離せませんね。おもしろい、といえば、これも、全集がらみのアイディア商品でしょう。




全集の月報に掲載された文章を集めたもの。月報には、そこでしか読めない文章が掲載されていたりすることがありますから、その全集の作家のファンにとっても、また書き手の作家のファンにとっても、このようなかたちでまとめられるのはうれしいはず。これは実にいいアイディアですよね。ぜひ、いろいろな作家の全集で続刊を期待したいところです。



ちなみに、冒頭のエピソード、背中を押してくれたのは、ブックオカでお会いした、ウララの宇田智子さんでした。


こちらが、お金になるわけでも、それで名が知られるわけでも、もてるわけでもなんでもないのに、本や本屋さんのことをブログやツイッターに書いたり、イベントを企画したりしているのが、相当に奇特なことに見えたのでしょう、彼女がそのような当方の傾向を差して、「パワフルですね」(いや、「どうしてそんなにパワフルなんですか」、だったかな)、まあ、そんなようなことを口にされたわけです。


そりゃあ、驚きますよね。だって、直接間接を問わず、ぼくの知る限り、本に関わる女性で、宇田さんほどパワフルなことをしでかした女性はほかにいないからです。だって、(くわしくはぜひその著書を読んでいただきたいのですが)ジュンクの池袋の人文(という、花形の店の花形といっていい部署)にいた人が、自分から手を上げて、地縁ゼロの沖縄・那覇に異動し、さらには、お店をやめて、日本でもっとも小さいとされる古本屋を始めちゃうんだから。「パワフル」ということで言えば、こんなパワフルな人はそうそういないでしょう。


そんな方に、「だから、応援しないといけないんです」と言われたら、買わないわけにはいきませんよね(笑)。


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