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空犬通信

本・本屋好きが、買った本、読んだ本、気になる本・本屋さんを紹介するサイトです。

「編集という仕事とって大事なことはなんだと思いますか」

(すぐに記事にするつもりが、書き始めてみると、思ったよりもむずかしくて、ずいぶん時間が経ってしまいました……。)当blogを読んでくださっているという方から、コメント欄で質問をいただきました。


「編集という仕事とって大事なことはなんだと思いますか」
「これからの出版業界はどんなふうになっていくと思いますか」


「出版とは」「編集とは」といった大文字の話はどちらかというとあまり得意ではないほうで、むしろぼくが聞いてみたいぐらいなんですが、出版界を志望されているという方からの質問だったので、これはちゃんとお答えしたいなと思い、少し考えてみました。


さすがに、コメント欄では長文は厳しいし、ふだんここに書いているようなこととも関わることなので、本文の記事にしました。出版関係者の方々、とくに先輩のみなさんが見たら、何を青臭いこと、ばかなことを、と言われそうなことを書きますが、あくまで個人の意見ということでご勘弁ください。


「編集という仕事とって大事なことはなんだと思いますか」


おもしろい人に会ったり、おもしろい話を聞いたり、おもしろそうなテーマを思いついたりしたときに、そのこと、その人ことを、いろんな人に知らせたいなあ、とか、このおもしろい話をいろんな人に聞いてほしいなあ、読んでほしいなあ、とか、そんなふうに思える感覚とか気持ち、ではないかと思います。


それは、ブログやツイッターなどのSNSで、本の感想や自分の思いを拡散したりシェアしたりするのとどう違うのか。そんなふうに聞かれそうですが、自分の感想や思いを、一方的にネットに流すのと、あるテーマにもっともふさわしい書き手を見つけ、その書き手の主張なり思いなりにもっともふさわしい形態の書物にまとめて、商品として(これが重要です)世に問いたい、というのとはまったく別の行為だと思います。


どちらがいい悪いの問題ではもちろんありません。ぼくも両方やってますからね。こんなふうに、blogやツイッターに何事かを書き散らしても、編集者としてのやりたいことが充足されるわけではありません。この2者はまったく別の行為だということです。


「これからの出版業界はどんなふうになっていくと思いますか」


どうなっていくのかなあ。この秋には、AmazonのKindleもとうとう発売され、最近では、電子書籍リーダーやタブレット関連のニュースをWebで見かけない日はない、というような状況になっていますね。


いまはまだ、純粋に商売として成立していないかもしれないけれど(電子「だけ」で食べていけている著者や出版社がどれだけいるか/あるかという意味で)、電子化はさらに進んでいくでしょう。「本を読む」という行為のもっとも一般的なかたちが、「小型の電子機器類で電子書籍を読む」になるのは、もしかしたら本好きの我々が考えていたよりも早いのかもしれません。


ここで、電子書籍の市場予測とか、紙の書物の生き残りのことを、素人のぼくが論じるつもりはありません。というか、そんな大きなこと、よくわからないし(苦笑)。


個人的な意見として、確実に言えるのは、どのような出版形態・読書形態になろうと、「本」と「本」をとりまく世界は、自分にとってはおもしろいものであり続けるだろう、ということです。


何がどのようなかたちで読まれたり消費されたりするにせよ、その「何か」の中身を作ったり、複数の人が同じ条件で同じ環境でふれられるようにするための仕事はなくならないと思います。だから、出版業界は、規模もかたちも大きく変わるだろうけれど、そこで行われている出版の本質のようなものはなくならないと思います。というか、そのように信じて仕事をしています。


2問とも、ぜんぜんちゃんとした答えになってませんね……。大きな問題を簡単にまとめるのに、向いてないもので、これぐらいでカンベンしていただきたいと思います。


話はこれで終わってもいいんですが、以下、ちょっとだけ補足します。(だいたい想像がつくと思いますが、この「ちょっと」が長いんですよねえ(苦笑)。以下、長ーい妄言、独り言のようなものですので、いつものだらだら節が大丈夫な方だけどうぞ。)




いつだかの記事にも書きましたが、いま出版・書店業界の話題が新聞をはじめとするメディアに取り上げられるときって、判で押したように、「活字離れが進む中」「出版不況が叫ばれる中」といった枕詞がつけられますよね。別に、この業界が絶好調でいけいけだとは思っていませんし、数字上のこともそれなりにおさえているつもりではいるので、そのように言いたくなる書きたくなる気持ちがわからないではありません。


まあ、でも、それって、「よけいなお世話」ですよね(苦笑)。では、本の世界って、みなさんに心配されるほど、そんなにもダメになっているのか、または、ダメになりそうなのか、(少なくとも紙の)「本」というメディアは役割を終えつつあるのか……そんなことを、ひと昔前のことを思い出しながら、考えてみました。


ぼくが編集の仕事を始めたのは、1990年代の初めごろ。ちょうどバブルの絶頂を少し過ぎたあたりですね。もうかれこれ、20数年、編集業に携わっているわけです。


その間、原稿執筆や編集の手法的には大きく変わりました。ぼくが駆け出しのころは、著者の先生方には手書きの方もまだ多かったし、手書き派以外の方も、パソコンではなく、ワープロ専用機でした。ぼくは割りに早くにパソコンを使い始めたほうでしたが、日常の連絡にメールが当たり前になり、調べごとにネットを使って、となるのは、まだそれから数年後のことです。


その後、数年でパソコンが編集者のツールとして日常化。編集の現場のデジタル化は急速かつ劇的に進んでいきましたが、一方、本の形態自体は、ほぼまったく変わっていません。辞書・目録などリファレンス系の書物はいち早く電子化されましたが、今も数は減らしたとはいえ冊子形態が商品としてふつうに流通しています。他のジャンルも含め、本の形態を完全に失ったもの、まったく別のかたちになったものは、ほぼゼロといっていいでしょう。(何しろ、まっさきになくなるなどとさんざん言われていた、紙の電話帳もまだ残っていますしね。)


これを、たとえば、音楽の世界と比べてみます。ぼくが子どものころ、最初の記憶にあるのは、モジュラー型と言われる、一体型のステレオで、33、45のほかに78回転盤もかけられるものでした。そのころ、テレビ・ラジオで音を知り、気に入ったものはレコードまたはカセットで買う、というのが通常のスタイルでした。録音して残したいものは、カセットテープ、つまり磁気テープに録音していたわけです。


面倒なので、はしょりますが、その後、レコードはCDにとってかわられていき、磁気テープ(カセット)はその物質的な脆弱性と音質劣化性の割には意外に長く残ったものの、その後はCDに(短期間、MDがありましたが)、そしてその後はSDカードなどのメモリカードタイプのものを経て、やがてハードディスクに直接記録するかたちが主流になっていったのは、ご存じの通り。


以前の記事でも取り上げたこともありますし、ぼく自身もそうなんですが、アナログを愛する人たちは今もいます。ただ、メディアの主流からはずれて久しく、今や、アナログどころか、CD/DVDなど、デジタルについても、パッケージ商品そのものが危機に瀕しているのはご存じの通り。


メディアの形態が激変し、レガシーなメディアのなかには、現在ほぼ流通・存在していないものがある音楽の世界に比べれば、本って、そのまんまですよね。ぼくが編集を始めたころはもちろん、子どものころからも変わっていません。っていうか、そのずっとずっとずっとずっと前から、変わっていない。


いま、我が家にあるいちばん古い本は、大正時代の本です。明治のもあったかな。それら100年ぐらい前の本と、昨日買った新刊とは、基本的な形態はまったく一緒です。そして、ここがアナログのすごいところですが、明治・大正時代の本も、昭和初期の本も、まったく問題なく読めるという意味では、「現役」だということです。


一時期、本の世界でもCD-ROMがはやりましたね。CD-ROMに新潮文庫が何冊も入っていたりする、それ自体が本にかわるタイプや、書籍に同梱される、付録的な内容のタイプ(目録・データベースとか、図版・動画とか)とか。わが家にもありますが、その多くは、現在の機器類では再生ができません。音楽の世界でも、エンハンストCDなど、動画などを収録したCDがはやりましたが、いくつか手元にあるものを試すと、2000年代に入ってから出たものでさえ、今のシステムでは再生できないものばかり(本体の、音楽再生に問題がないのが救いですが)


長々と何を書いてきたかというと、要するに、あらゆるメディアのなかでも、「本」というのは、圧倒的に「もち」のいいメディアなんですよね。


だから、簡単になくならないし、なくしてはいけない。


「これからの出版業界はどんなふうになっていくか」……もちろん、電子書籍の世界はさらに拡大していくでしょう。今は、本好きの心をとらえるような使い勝手、セレクトになっていない、というだけで、電子書籍リーダーが(単機能タイプか、タブレットのような多機能なものかはともかく)現在のスマホのように、ふつうの人がふつうに使うふつうの機器になるのは、そんなに先ではないでしょう。


でも、ある種の「本」は、「本」のままでしょう。主に紙でできた、「本」のかたちをしたものは、やはり残るでしょう。


マニアがいるから? モノとしての「本」が好きなフェチがいるから? そういう限られたお客さんのために細々と出版社が紙の本を作り続けるから、残るのか、って?


いえいえ。違うんですよ。


全部の本がそうだとは言いません。でも、ある種の「本」はね、後に残すために作られているからなんですよ。


こう書くと、紙でしかある種の情報は残せない、だから、電子はダメなんだ、という話をしているようにとられてしまうかもしれませんが、そういうことが言いたいのではありません。ぼくが言いたいのは、出版界がどうなるにせよ、ある種の情報は確実に後に残されるべきだし、後に残すための作業をする人は、いつの世にも必要だということです。


保存・継承という意味では、これまでは、紙の形態であることが有利だったわけで、デジタルはその点、全幅の信頼を置けない歴史がありました。ぼくの好みの話ではなく、実際にそうだった、ということです。今後は、デジタルならば、どのようなかたちであればいいのかを、そのような問題に強いプロの関係者が考えればいいでしょう。我々が、いま(多少の努力をすれば)グーテンベルク聖書を見る・読むことができるのと同じ意味で、長い年月に耐えうる情報の保存方法を考えればいい。たぶん、「本」以外にも、適当な方法はあるはずで、きっと見つかるでしょう。


でも、それは出版社や編集者の仕事ではないような気がするのです。現時点では、主に紙でできた「本」であることが、情報の「保存」や「継承」を考えた場合、もっとも確実な方法であるように思われます。だとしたら、やはり、我々は「本」を作るべきだし、そして、ぼくは、編集者としてそのような「本」作りに関わり続けたいと、そんなふうに思うのです。


……というようなことが、「編集にとって大事なことは何か」「出版界はこれからどうなるのか」という問いのことをうんうんと考えているうちに、なんとなく頭の中にもやもやと浮かんできたので、あえて整理もせずに、そのままだらだらと記しておきました。


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コメント

こんにちは、初めてコメントします。
駅ビル15坪の店で書店員をしているものです。

空犬さんの編集に対する考え方、興味深く拝見いたしました。
書き手と読み手をつなぎたいという意図が良く分かります。

一方で、私個人が思っていたものとは立場が違う分、ちょっと視点がずれてるのが面白いです。
私にとって編集者とは、本の品質保証をする人です。

ネットで書かれた個人の文章が玉石混合であるのに対して、
商品としての書籍は、著者とば別人(つまり編集者)が内容を査定している分だけ内容の破綻はない(すくない?)と思ってます。
実際にお金をもらって品物を渡す立場から言えば、自分が読んでもいない本をお買い上げいただけるのは、
その本を編集者がいるのを知っているからです。
テレビで・書評で誰が薦める訳でなくとも、少なくとも編集者はこの内容を出版する価値があると認めている、という事ですから。

犬空さんのおっしゃる、興味深い話をいろんな人に届けたい、という視点と、
私の、興味深い本はより正確で読みやすくあって欲しい、という思いは
相補的なのかなあと思いました。

それから、紙の書籍が今のところ保存に適する、という所ですが。
線文字Bの粘土板・ロゼッタ石などは、2000年近くのを超えて残ってますが、
アレクサンドロス図書館のパピルスは焼失しています。
よりプリミティブに思える方がより長く形をとどめて残っているのはちょっと興味深いです。
身近なところでは、残したい写真はデジカメで撮ってもやっぱり印刷しちゃうってのが
似てるんじゃないかなあ、と思いました。

編集という仕事

spoonさん>
訪問&コメント、ありがとうございます。

編集者に限らず、職業観は人それぞれだと思いますし、
ぼくの場合、(書いてるものから、そんなふうに
見えない思えないかもしれませんが)一応、20年選手の
現役編集者で、当事者ですから、他の立場・職種の方が
考えるものと違ってくるのは、ある意味当然かなあ
などと思いながら、コメント拝見しました。

何より、個人が趣味で自分の書きたいことを書いて
いるblogでの意見ですから、あくまでも個人の勝手な
思いだということで受け取っていただければと思いますw。

という考え方なので、お書きになったことに反論などを述べる
つもりはまったくないのですが、ちょっとだけ補足を。
ぼくが、今回の記事で書いたのは、出版の世界に興味を
持ってくださっている(たとえば、これから就職を
考えるような)方に向けて、向き不向きとか、資質とか、
そのような観点で何を大事だと思っているか、という
ことです。

spoonさんのお書きになっていた
「本の品質保証をする」
「本はより正確で読みやすくあって欲しい」
というのは、まさに編集という職に必要なことだと
思いますが、ぼくが書きたかった資質的なこととは
ちょっと別の話かもしれません。

本を読みやすく、正確に作るのは、必要な資質という
よりは、編集者としては当然そうでなければならない
前提や姿勢のようなものではないかと思います。正確で
読みやすい本を作るための、編集上の技術は、努力や習熟
で補えますが、何を作るか、作りたいか、という思いは、
努力だけでは、どうこうなるものではないように思えるからです。

これは、ぼくの個人的な意見でもなんでもなく、
「編集」という職に一般的に言われていることですが、
編集にとっていちばん大事なのは、そしていちばん
おもしろいのは、やはり「企画」です。読みやすくて正確な
本を作るのは、もちろん大事なことですが、その前に、
その「本」がどのような本なのかを、考えられるか
どうか、が、編集という職業を考えると、より重要なこと
ではないかなと、自分の経験からも、周りの例を見て
いても思います。

「本の品質保証をする人」というのは、いいですね。
そうありたいと思いますし、同時に、そうでなくてはならない
とも思います。


話は変わって、保存に適した媒体の話ですが、石や
粘土板はたしかにそうですね。他にも、なんらかの文字
的情報は刻みつけられたものは、木・竹・葉・金属・甲羅
などもありますが、複製・保管・管理・流通などにおいて、
紙とそれを束ねた冊子様の形状が、圧倒的に優位で
あったことは、歴史が証明していますからね。ただただ
丈夫で頑丈で、長い年月と風雪に耐えればいい、というわけ
ではないところが、情報の継承や保管の難しいところですね。

> よりプリミティブに思える方がより長く形をとどめて残っているのはちょっと興味深いです。

磁気テープは、多少かびてても、切れたのをテープでつないでも
意外に再生できちゃったりしますが、ちょっとでも仕様が
あわなかったり、キズがついていたりしただけではねられてしまう、
DVDなどのディスク類の脆弱さをみると、同じようなことを
感じますね。


興味深い観点をいろいろとありがとうございました。

  • 2012/12/27(木) 23:25:00 |
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