一昨日の記事で、アウェーな環境での演奏はなかなか大変だった、などと弱っちいことを書いたら、そんなことないよ、ちゃんと聴いてた人、見てた人もいたよと、メールやコメントで励ましの言葉をいただいてしまいました。すみません、ありがとうございます。
そんなふうに、初めての方、知らない方にも聞いてもらえることこそ、身内・仲間内以外のお客さんが集まるライヴの醍醐味なんですよね。だいたい、どんな環境、どんな会場であれ、お客さんに、演奏が長いと感じさせてしまったとしたら、それはひとえに自分たちの演奏力なり選曲なりの問題なわけで、そんなこと、長くバンドやっている身には当たり前のことなのに、よけいなことを気にして、よけいなことを書いてしまいました……。反省。
さて。バンド仲間や他の演奏者とのセッションはもちろん楽しいんですが、楽器って、独りで自宅で演奏するのもまた別の楽しみがあっていいんですよね。最近では、宅録(=自宅録音)はあんまりしなくなっちゃったんですが、かつて(それこそ、パソコンなんかなかったころ)は、カセットのMTRをフル活用して、宅録に凝っていたことがあるんです。そんな「元」宅録少年としてが書店でこういう本に出会ってしまったら、買わないわけにはいきませんよね。
- 黒田隆憲『プライベート・スタジオ作曲術 音楽が生まれる場所を訪ねて』(ブルース・インターアクションズ)
本好きには、本が収納されている空間、「本棚」や「書斎」に興味のある方って、たくさんいると思いますが、音楽好きにとってのリスニングルームや、演奏者にとってのプライベートスタジオは、まさに音版の「書斎」と言える存在かもしれません。以前、『サウンドデザイナー』という宅録派、とくにギタリスト向けの雑誌の「プライベートスタジオ特集を紹介したときに、《基本的にはプレイヤー向けの内容ではあるのですが、広義の「書斎」特集とも読めるので、「書斎」に興味のある音楽好き、先に紹介した『男の隠れ家』の部屋特集やインテリア雑誌読みなど、人の部屋が気になるタイプにはけっこうおもしろく読める内容かもしれませんよ。》などと書きましたが、楽器や機材、レコードが並ぶ自宅スタジオの様子を眺めるのには、本や雑誌で紹介された「書斎」を眺めるのと同じ楽しさがある気がします。この本は、そうした音の「書斎」の世界をたっぷり楽しめる1冊になっていますよ。
内容紹介によれば、《ミュージシャンの創作部屋を、オールカラーで大公開! プロはどのような機材を使用し、どのように作曲をしているのか? 自身もミュージシャンである、音楽ライター黒田隆憲(『シューゲイザー・ディスク・ガイド』監修)が、ずっと気になっていた、名うてのポップソングライター、ロックミュージシャンに積年の疑問をぶつけにスタジオ訪問!》という本書。たくさんの現役ミュージシャンが登場しています。ぼくは音楽に関しては超オールドタイマーなので、この本でプライベートスタジオが紹介されているミュージシャンの方々は、実を言うと、1人も知りません。名前を聞いたことはさすがにある、という方はいますが、その音楽はよく知りません。でも、知らなくても、おもしろく読めるんですよ。これは、たぶん、雑誌や本に取りあげられた書斎や本棚を、その作家のファンでなくても(作家どころか、素人の方の書斎が紹介されている場合もありますね)けっこう楽しめてしまうのと、同じノリなんだろうなあ、きっと。
以前に紹介した『サウンド・デザイナー』のような宅録派向け雑誌とは違って、機材をアップにした写真や、機材の詳細な情報などは控えめ。その点、そういう情報を得るのが目的の読者にはものたりない面があるかもしれませんが、音が生み出される空間とその主の話を楽しむ分には、まったく問題ない、というか、マニアックな視点が控え目な分、読みやすくなっていると思います(ただし、あくまで情報面の話で、インタビューの文中にはけっこうマニアックな話が出てきて、それはそれでとておもおもしろい)。写真がすべてカラーなのもうれしい。
というわけで、自分で宅録をやっている人はもちろんですが、そうでない楽器弾きや音楽好き、もしかしたら、(さすがに音楽に無縁だときびしいと思いますが)楽器や宅録には縁がなくても、人の棚が気になるタイプの音楽好き兼本好きなら、けっこう、いや、かなり楽しめる1冊なんじゃないかなと思います。
ところで。この本の版元、ブルース・インターアクションズと言えば、ユニークな音楽書をたくさん刊行している、音楽好きには説明不要の出版社ですが、しばらく前に、こんなリリースが出ていましたね。「当社、ならびにグループ会社組織再編のお知らせ」。以下のようにあります。
《株式会社ブルース・インターアクションズ、ならびに当社の親会社である株式会社スペースシャワーネットワーク(以下「SSNW」)、同じくグループ会社であるバウンディ株式会社の3社は、本年10月1日をもって経営統合することになりました。これにより、当社の一部を除く各事業はSSNWへ譲渡され、全従業員がSSNWに転籍。現在当社が行う下記の事業は、10月1日よりSSNWの「ミュージック&パブリッシング事業部門」に承継される予定です。》
気になる、出版事業については、《◆ 「出版事業」(書籍・雑誌の企画、編集、販売等)また、SSNW当該部門の責任者として、当社の代表取締役社長である案納俊昭が、引き続き事業の統括にあたります。》とのこと。
「ブルース・インターアクションズ」という名前はどうなってしまうんでしょうか。《今回のSSNWグループ会社再編により、株式会社ブルース・インターアクションズは、会社組織としては解散をすることになりますが、これまで長きに亘って培ってきた各事業は、新しい組織体制の中でさらに発展させ強化していく所存です。従来同様に、新生スペースシャワーネットワークを何卒宜しくお願い申し上げます。》
会社がなくなってしまったり、出版事業から撤退したり、ということではないようで、その点は安心ですが、「ブルース・インターアクションズ」という名前がなくなるのは同社の音楽書を読んできた読者としてはちょっとさびしいことですね。音楽書だけではなく、他のジャンルでもユニークな本を手がけていたところですから、音楽好き以外にもこのニュースをさびしく思う読者はいることでしょう。ぼくが最近読んだ、同社の非音楽書だと、たとえば、ジョエル・サートレイ『ナショナル・ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集』がありました(すばらしい写真集だったので、これもそのうち、紹介するかもしれません)。社名や環境が変わっても、こうしたすてきな本をこれからも出してほしいものです。