空犬通信

本・本屋好きが、買った本、読んだ本、気になる本・本屋さんを紹介するサイトです。

レコードマンガの最高峰!……『レコスケくん』の20周年記念版が出ました

大好きなマンガの新作(といっても新装版なんですが)が出ると、それがたとえ、以前に持っているものとの重なりを含むものであっても、やっぱり買ってしまいますよね。



書影 レコスケくん 20周年

タイトルに20周年記念とあるのは、版元の内容紹介によれば《「さすらいのレコスケ」の連載開始からちょうど20年になるのを記念して》刊行された版だからとのこと。今回の版について版元の内容紹介を続けると、《2007年に刊行した『COMPLETE EDITION』以後に描かれた「レコスケくん」は、94ページ分! 当社以外の出版物に掲載した作品やweb用の作品もすべて収録し、装丁も一新しました》となっています。


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年初の読書はいささかヘビーなものに……

あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いします。空犬通信ですが、昨年最後の記事に書きました通り、トピックを絞り込み、少しペースも落として、ゆっくり続けようかと思っています。


さて、年明けて最初の本……別に前日までと何が違うわけではないのですが、気分的にはやはり、一年の最初の本ということで特別感のある、その最初の本……ですが、少し迷った末に、昨年からの読みさし本から、この本を(読みさしはほかにもたくさんあったにもかかわらず、あえて)手にとりました。


  • 石井光太『遺体 震災、津波の果てに』(新潮社)

昨年の終わりに、冒頭を少し読んだだけで大きな衝撃を受けていたので、そうなることはわかっていたのですが、涙でぼろぼろになりながら読了。元日の午後、年初の読書にはヘビー過ぎる本でしたが、今読んでおかなくては、という気がしていましたし、そして、読了したいま、やはり読んでおいてよかったと思っています。


ただ、やはり、大変な読書ではありました。どの描写も、どの場面もずしりとくるものばかりですが、なかでも、子どもがらみのエピソードは、子を持つ親としては平静な気持ちで読み進めることができず、何度もページをめくる手が止まってしまいます。読みながら震えをおさえることができません。


新聞やWebで目にしてきた、犠牲になられた方々のリスト。被災地に係累がいないこともあり、これまでは、何の気なしに眺めることの多かったリストの、その背後にこんなことがあったとは……。人の安否や身元を確認すること、そのことに、どれだけの人の手がかけられていて、それがどれだけ大変なことだったのか。


震災後は、マスコミの情報の遅さに対する批判があちこちでなされましたよね(同時期に読んだ、『「僕のお父さんは東電の社員です」』では、小学生からもそのような批判がされていました)。速報性の求められない仕事をしているとはいえ、こちらも一応は広義のマスコミ、出版の世界の片隅に身を置く者です。身内をかばうような言い方をするつもりはありませんし、すぐれたルポを1冊読んだからといって、わかったようなことを言うつもりもないのですが、こういう本を読むと、遅いだの速いだのと、簡単には口にできないし、したくないなあと、そんな気がします。Webやツイッターやメールや各種の速報サービスなどで、情報が瞬時に手元に流れてくることに慣れ過ぎてしまったのかも……読み終えてから、そんなことも思ったりしました。


情報の速度、ということでいうと、この丁寧で濃密な取材が震災からわずか半年ほどの間になされていたことにもあらためて驚愕させられました(あとがきの日付が9月になっているのです)。


手軽に読み通せる本ではありませんから、簡単に「おすすめ」などと書くことはできません。ぼくでさえこんな調子ですから、ここに描かれた世界に立場的にもっと近い人にはさらにつらい読書になるはずだし、読み通せないという方もいるでしょう。実際、この本を読んでしばらくは、読後感があまりに強烈で脳内がしばらく支配されてしまい、2日ほどは、他の本の内容が頭にすんなり入ってきませんでした。


でも。上にも書きましたが、今この時期に読んでおいてよかったと、心からそう思える1冊でした。年初の記事がちょっと重たい本の紹介になってしまいました……。


2012年も、このような読み応えのある、すばらしい本にたくさん出会えますように。
2012年が、出版・書店に関わる人たちにとって、いい年となりますように。


「舟を編む」人たち、辞書のこと、そして『新明解国語辞典』

書店に足繁く通っている話ばっかり書いているもので、出版営業が本業だと思われたりすることがしょっちゅうあるんですが、本業は編集です。


「お仕事は?」
「編集を」
「じゃあ、有名な作家さんとかに会えたりするんですか?」
「……いえ、文芸の担当じゃないので……」
「そうなんですか」(←棒読み+がっかり感丸出し)


この仕事について20年ぐらいになりますが、このような経験は1度や2度ではありません。編集=文芸と思っている方が世間にたくさんいるらしいことは、この間に思い知らされたことの1つ。相手の方の好きな本や関心のあるジャンルによって、この「文芸」が「コミック」や「雑誌」に置き換わることはあるかもしれませんが、それ以外の多くのジャンルになることはあんまりなさそう。そもそも、その他のジャンルは、編集者が関わっているとは思われていないのかもしれません(苦笑)。


だから、このような小説が出たときには、ちょっとびっくりしてしまいました。



版元のサイトによれば、このようなお話。《玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。/定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。/個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく――。/しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか――。》


そう、出版社、それも辞書編集部が舞台で、主要登場人物が辞書編集者で、テーマが辞書作りという作品なのです。辞書に取り組んだ人たちを描いたノンフィクションは、高田宏『言葉の海へ』他、過去にそれなりに例がありますが、辞書の世界が設定のメインに据えられたフィクションというのは、きわめてめずらしいケースではないでしょうか。


辞書とか編集はただの設定、ただのお飾りで、本筋は別にある話、それも恋愛ものだったりしたらちょっとやだな、と、読み始める前は不安もゼロではなかったんですが、でも、杞憂でした。きちんと、本作りというものに、そして、ことばというものに対峙しながら、それを小難しい話、地味なだけの話に終わらせることなく、読んでおもしろい物語にまとめられていました。


ぼくはこれまで三浦しをんさんの作品のいい読み手では決してなかったのですが、この作品を読んだいま、ふだん日のあたりにくいジャンルの編集に携わっている編集者の1人として、三浦しをんさんには、ありがとうと、お礼を言いたい気分です。「本」にはこんな世界もあるんだよ、ということを、おもしろい読み物のかたちで、こんなふうに世に問うてくれたことに、心から感謝したいのです。


お話のくわしいことや感想は、もうすでにあちこちにあがっていますから、控えます。代わりに、「辞書」のことを少し。辞書なんてどれも同じだと思っている人は多いだろうと思います。一般の本読みはもちろん、たとえば、辞書のような、ことばのツールを日常的に自在に使いこなしていそうなプロの文筆家も例外ではありません(たとえば、角田光代さんは本書の書評「字間と行間と人間と世間」(サンデー毎日 2011年11月13日号「サンデーらいぶらりぃ」)のなかで、《ある種地味な世界だ。辞書を読むのが好きな人もいるにはいるが、私はてんで興味がなかった。日常的に使うのに何か思うことすら、なかった。あまりにも興味がないものだから、果たして最後まで読めるかと心配で本を開いた》そうだが、またたくまに引き込まれ、書評の最後を《辞書のおもしろさを知らずに過ごしてきたことが、じつに悔やまれる》と結んでいる)。


そんな方々のうち、もしも本書がきっかけで、辞書の世界に多少なりとも興味を引かれた方がいたら、こんな本たちに手をのばしてみてはいかが。


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