名編集者の登場する映画ということで、前々から気になっていたんですが、運良く試写で観る機会がありました。こちら。
- 『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』(監督:マイケル・グランデージ)
公式サイトのストーリー紹介によれば、こんな作品です。
《ある日、編集者パーキンズの元に無名の作家トマス・ウルフの原稿が持ち込まれる。彼の才能を見抜いたパーキンズは、感情のままに、際限なく文章を生み出すウルフを支え、処女作「天使よ故郷を見よ」をベストセラーに導く。そして更なる大作に取りかかるふたりは昼夜を問わず執筆に没頭。パーキンズは家庭を犠牲にし、ウルフの愛人アリーンはふたりの関係に嫉妬し胸を焦がす。やがて第二作は完成し、またも大ヒット。その一方で、ウルフはパーキンズ無しでは作品を書けないという悪評に怒り、二人の関係に暗雲が立ち込める。果たして、立場を超えて生まれた二人の友情の行く末はー?》
これ、よかったなあ。編集者と作家の出会いから別れまでの話で、地味と言えば地味な話です。派手なアクションもロマンスも、スペクタクルももちろんありません。この手の作品は、主人公が破滅型の芸術家タイプであることが多かったりしますが、トマス(トム)・ウルフにはそのような面はあるものの、本作で描かれている作家像はいたっておとなしいもの。(たとえば、ブコウスキーをモデルにした『バーフライ』に出てくる作家像とは、印象がまったく異なります。)家族を顧みずに仕事に打ち込む編集者も、静かに演じられていて、鬼気迫るとか、そんな感じには(少なくとも表面上は)見えません。(文学・出版の話ではありませんが、『セッション』でJ・K・シモンズが演じた狂った鬼教師型の指導者とは正反対の人物です。)
それでも、というか、それだからこそ、なのかもしれませんが、とにかく、この作品は強く、深く、心に残ります。
天才作家=トマス・ウルフを演じるはジュード・ロウ。カリスマ編集者=マックス・パーキンズを演じるのはコリン・ファース。主役の2人がとてもいい。とくに、コリン・ファースは、この時期予告編で目にする機会も多い、同じく10月に日本公開となる『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』での、ブリジット・ジョーンズの元彼役と同一人物とは思えないぐらい(あちらがダメだという話ではなく、あまりにもイメージが違う、という話です)、名編集者になりきった演技を見せてくれます。
トマス・ウルフとマックス・パーキンズの交流は米文学史上ではよく知られるエピソードなので、アメリカ文学の熱心な読み手なら、あああれかと思う人も多いかもしれません。ぼくも、なんとなくは知っていましたが、文学史の一エピソードとして聞きかじっているだけなのと、こうしてすぐれた映像作品として見せられるのとではまったく印象が違いますね。
情報発信手段が増え、かつ手軽になり、いまや誰でも「作品」を簡単に世に問うことができるようになり、編集者不要論などもふつうに聞かれるようになった今だからこそ、本好きには広く観てほしいと思います。作品を生み出すとはどういうことなのか。編集とはなんなのか。作品を世に送り出すというのはどういうことなのか。いろいろなことを考えさせてくれる作品です。
公開は、TOHOシネマズシャンテで10/7から先行公開。一般公開は10/14からのようです。
映画に興味をもった人は、どちらが先でもいいと思いますので、原作もどうぞ。
- A・スコット・バーグ『名編集者パーキンズ』上(草思社文庫)
- A・スコット・バーグ『名編集者パーキンズ』下(草思社文庫)
映画を観たら、ぼくは、この本を読み返したくなりました。
- Maxwell E. Perkins, John Hall Wheelock『Editor to Author: The Letters of Maxwell E. Perkins』(Charles Scribners Sons)
マックス・パーキンズが、トマス・ウルフはもちろん、その他、映画にも出てくるヘミングウェイ、フィッツジェラルドなど、錚々たる作家たちとやりとりした書簡が収められた1冊です。単なる手紙集とばかにすることなかれ。あなたがアメリカ文学読みならば、たくさんのものが得られること必至の、きわめて資料性の高い本です。資料云々はともかく、自分の好きな作家、興味のある作家の手紙を拾い読みするだけでもいい。完成された作品から受ける印象とはまた違った、生の作家像が伝わってきます。
本書には、映画の重要な場面に登場するトム・ウルフのあの手紙ももちろん収録されています。映画を観た後だと、涙なしには読めない……(涙)。そして、映画には出てこなかったけれど、マックス・パーキンズの返信もいいのだなあ。
古い本ですが、洋古書の通販などではふつうの値段で買えるようなので、映画に強く惹かれた方で、米文学史に出てくる作家たちの書簡を英語で読んでみたい、という方は探してみてはいかがでしょうか。わざわざ探して読む価値の、そして手元に置いておく価値のある本だと思いますよ。